1-1 微分の基礎変化する世界を、どうやって調べるか
りんごは落ち、大気は循環し、星は回る。物理学が相手にするのは、このような変化する対象です。では、変化するものを調べたいとき、何を測ればいいのでしょうか?「いまこうなっている」という値を記録するだけでは足りません。知りたいのは、その値の変わり方そのものです。増えているのか減っているのか、急なのか緩やかなのか。この「変わり方」をきちんと定義し、計算する道具が微分です。
この記事では、微分の定義を自分の手で立てるところから始め、\(x^n\) や \(1/x\)、\(\sqrt x\) といったべき関数を定義から微分できる状態までを作ります。公式集を並べ直すのが目的ではありません。公式は覚えるものではなく、定義から作るもの——その手続きを身につけるのがねらいです。三角関数・指数関数・対数関数の微分と、積や合成関数の扱いは、続く 1-2「物理でよく使う関数の微分」で同じ手続きを当てはめていきます。
読み方:解答は必ず閉じたまま、紙で挑戦してください。詰まった場所は、いま自分が何を分かっていないかが見えた瞬間です。そこを自力で越えることが、この記事のいちばんの目的です。
変化を、どう測るか
りんごが落ちていくとします。この運動を調べたい。何を測ればいいでしょうか。
「時刻 \(t=1\) 秒で 4.9 m 落ちていた」「\(t=2\) 秒で 19.6 m 落ちていた」——こうしたその瞬間の値をいくら並べても、得られるのは表です。物理として知りたいのは、むしろどれくらいの速さで落ちているかのほう。速さが分かってはじめて、次の瞬間どこにいるかを言えるからです。
では変化の速さをどう測るか。素朴な答えは簡単です。2つの時刻での値の差をとり、かかった時間で割る。 これが「平均の速さ」で、日常でも使っている考え方です。
ところが、ここで困ったことが起こります。落下する物体の速さは刻々と変わるので、「1秒から2秒までの平均」では粗すぎる。いま、この瞬間の速さが知りたい。それなら区間の幅をどんどん狭くすればよさそうですが、幅をゼロにしてしまうと、進んだ距離もゼロになります。\(0\div0\) では答えが決まりません。
この行き詰まりをどう抜けるか——それがこの記事の技術的な中身です。答えは「幅をゼロにする」のではなく、「幅を縮めていったとき、値がどこへ向かうか」を見ること。この操作に名前をつけたものが微分です。§02 と §03 で、この道筋を一歩ずつたどります。
この記事は高校数学の範囲から始めます。以下を知っていれば読み進められます(忘れていても、使う場面で式の形を示します)。
- 関数とグラフ:\(y=f(x)\) という書き方、1次関数の傾き
- 数学的帰納法と二項定理:\((x+h)^n\) の展開 → §04 で使用
- 極限の素朴な扱い:「値がある数に近づいていく」という感覚。厳密な定義(\(\varepsilon\)-\(\delta\) 論法)は使いません
逆に、微分の公式そのものは前提にしません。この記事でゼロから作り直すからです。
そして実際に、物理の主要な法則は、分野を問わずどれも微分で書かれています。各分野の代表的な式を並べました。いまは式の意味がまったく分からなくて構いません。見てほしいのは記号です——\(\dfrac{d}{dt}\)、\(\dfrac{\partial}{\partial t}\)、\(\dfrac{\partial^2}{\partial x^2}\)、\(\nabla\) はすべて微分を表す印で、どの式にも必ず入っています。右の列に、その式のどこが何を微分しているかを書きました。
| 分野 | 代表的な式 | どこが微分か |
|---|---|---|
| 力学 | 運動方程式 \(m\dfrac{d^2x}{dt^2}=F\) | \(\dfrac{d^2x}{dt^2}\):位置 \(x\) を時刻 \(t\) で2回微分 |
| 熱力学 | 熱伝導(拡散)方程式 \(\dfrac{\partial T}{\partial t}=\kappa\dfrac{\partial^2T}{\partial x^2}\) | 左辺:温度 \(T\) を時刻で1回 右辺:温度 \(T\) を位置 \(x\) で2回 |
| 電磁気学 | マクスウェル方程式(4本のうち1本) \(\nabla\times\boldsymbol E=-\dfrac{\partial\boldsymbol B}{\partial t}\) | \(\nabla\times\):電場 \(\boldsymbol E\) を位置で1回 \(\dfrac{\partial\boldsymbol B}{\partial t}\):磁場 \(\boldsymbol B\) を時刻で1回 |
| 量子力学 | シュレディンガー方程式 \(i\hbar\dfrac{\partial\psi}{\partial t}=-\dfrac{\hbar^2}{2m}\dfrac{\partial^2\psi}{\partial x^2}+V\psi\) | 波動関数 \(\psi\) を、時刻で1回・位置で2回 |
| 統計力学 | 分配関数からエネルギーを出す式 \(E=-\dfrac{\partial\ln Z}{\partial\beta}\) | 分配関数 \(Z\) の対数を、温度に対応する量 \(\beta\) で1回 |
| 一般相対性理論 | アインシュタイン方程式 \(G_{\mu\nu}=\dfrac{8\pi G}{c^4}T_{\mu\nu}\) | 左辺 \(G_{\mu\nu}\) は、時空の形を表す \(g_{\mu\nu}\) を座標で2回微分して作った量 |
6つの分野に共通しているのは、どれも「いまの値がいくつか」ではなく「その値がどう変わるか」を式にしている点です。それぞれの式が何を主張しているかは、力学・熱力学・電磁気学などのセクションで扱います。ここで確認したいのは一点だけ——これらの式は、微分という道具がなければ書くことすらできません。だから物理を数式で追いかけようとすると、微分が最初の関門になります。
- 微分を「公式」ではなく極限の定義として説明できる
- 平均変化率と微分係数の違いを、割線と接線の絵で説明できる
- \(x^n\) の微分を定義から導ける(数学的帰納法・二項定理の両方で)
- \(1/x\) や \(\sqrt x\) を、通分・有理化を使って定義から微分できる
三角関数・指数関数・対数関数の微分と、積や合成関数の扱いは、続く 1-2「物理でよく使う関数の微分」で扱います。
平均変化率 — まず「ならす」
いきなり「瞬間の速さ」を定義しようとすると行き詰まります。瞬間とは時間の幅がゼロの一点であり、そこでは物体は動いていないからです(ゼノンのパラドックス)。そこで遠回りをします。まず有限の区間でならしてから、その区間を縮める。
ただしその前に、これから何度も出てくる \(f(x+h)\) という書き方を確認しておきます。ここでつまずくと、以降の式がすべて読めなくなります。
\(f(x)\) は「\(f\) という箱に \(x\) を入れたときに出てくる値」を表す記号です。\(f\) が何をする箱かは、\(f(x)=x^2\) のように決めておきます(この場合は「入ってきたものを2乗して返す」箱)。
この「入れると、決まった規則で加工して返す」仕組みを関数と呼びます。\(f\) はその関数につけた名前、\(x\) は入れるもの(変数)です。\(f(x)=x^2\) という式は、「関数 \(f\) の規則は2乗することだ」と宣言しているわけです。以降は「箱」と「関数」を同じ意味で使います。
大事なのは、カッコの中身が何であっても、同じ規則をそのまま当てはめるだけだということ。中身が数でも、文字でも、\(x+h\) のような式のかたまりでも、やることは変わりません。
\(f(x)=x^2\) のとき、\(f(x+h)\) は \(x^2+h\) でも \(x^2+h^2\) でもありません。カッコの中身は一体のかたまりなので、丸ごと2乗します:
\[ f(x+h)=(x+h)^2=x^2+2xh+h^2 \]同様に、\(f(x)=\sin x\) なら \(f(x+h)=\sin(x+h)\)(\(\sin x+\sin h\) ではない)、\(f(x)=\dfrac1x\) なら \(f(x+h)=\dfrac{1}{x+h}\)(\(\dfrac1x+\dfrac1h\) ではない)。この置き換えができれば、この記事の計算の半分は終わったようなものです。
では、平均変化率を定義します。
関数 \(f(x)\) について、\(x\) から \(x+h\) までの平均変化率を
\[ \frac{f(x+h)-f(x)}{h} \]と定める。分子は「出力の増分」、分母は「入力の増分」。すなわち入力を1だけ増やしたとき、出力が平均して何だけ増えたか。
増分には \(\Delta\)(デルタ)という記号を使うのが慣例です。入力の増分を \(\Delta x=h\)、出力の増分を \(\Delta f=f(x+h)-f(x)\) と書けば、平均変化率は
\[ \frac{\Delta f}{\Delta x}=\frac{f(x+h)-f(x)}{h} \]と、ひと目で「増分の比」だと分かる形になります。\(\Delta\) は「差」を表す印で、それ自体が量ではありません(\(\Delta f\) は \(\Delta\) と \(f\) の積ではない)。以降どちらの書き方も使います。
位置 \(x(t)\) の平均変化率は平均の速さ、速度 \(v(t)\) の平均変化率は平均の加速度です。
幾何学的には、これは2点 \(\mathrm{P}(x,f(x))\) と \(\mathrm{Q}(x+h,f(x+h))\) を結ぶ直線——割線——の傾きです。
「変化量」\(f(x+h)-f(x)\) だけでは法則になりません。区間を2倍に取れば変化量も(おおよそ)2倍になり、どの区間で測ったかに答えが依存してしまうからです。\(h\) で割ることで「区間の長さあたり」に規格化され、はじめて区間の取り方によらない量に近づきます。物理の量が「〜あたり」(速度=距離/時間、密度=質量/体積)の形をしているのと同じ発想です。
計算ドリル(§02・全3問)
問1次を書き下せ。展開まではしなくてよい。
(a) \(f(x)=x^2\) のとき \(f(5)\)、\(f(2a)\)、\(f(x+h)\)
(b) \(g(t)=3t+1\) のとき \(g(t+h)\)、\(g(t+h)-g(t)\)
(c) \(f(x)=\dfrac1x\) のとき \(f(x+h)\)
(d) \(f(x)=\sin x\) のとき \(f(x+h)\)
(a) \(f(5)=25\)、\(f(2a)=(2a)^2=4a^2\)、\(f(x+h)=(x+h)^2\)。
(b)
\[ g(t+h)=3(t+h)+1=3t+3h+1 \]差は
\[ g(t+h)-g(t)=(3t+3h+1)-(3t+1)=3h \](c) \(f(x+h)=\dfrac{1}{x+h}\)。 (d) \(f(x+h)=\sin(x+h)\)。
(b) に注目してください。差が \(3h\) なので \(h\) で割ると 3——区間の取り方によらず一定です。1次関数のグラフは直線なので、傾きがどこでも同じ。この「差をとって \(h\) で割る」動作が、以降ずっと繰り返される基本操作です。
問2自由落下する物体の位置は \(y(t)=\frac12gt^2\)(下向き正、\(g=9.8\ \mathrm{m/s^2}\))。(a) \(t=1\) から \(t=2\) までの平均の速さを求めよ。(b) \(t=1\) から \(t=1+h\) までの平均の速さを \(h\) の式で表せ。(c) (b) で \(h=0.1,\ 0.01,\ 0.001\) としたとき、値は何に近づくか。
(a)
\[ \dfrac{y(2)-y(1)}{2-1}=\dfrac{\frac12g\cdot4-\frac12g\cdot1}{1}=\dfrac{3}{2}g=14.7\ \mathrm{m/s} \](b) 分子を展開します。
\[ \frac{\frac12g(1+h)^2-\frac12g\cdot1^2}{h}=\frac{\frac12g(1+2h+h^2-1)}{h}=\frac{\frac12g(2h+h^2)}{h}=g\left(1+\frac{h}{2}\right) \]途中で \(h\) が約分できたことが決定的です。約分前は \(h=0\) を代入すると \(0/0\) ですが、約分後は代入できます。
(c) \(h=0.1\to1.05g=10.29\)、\(h=0.01\to1.005g=9.849\)、\(h=0.001\to9.8049\)。\(g=9.8\ \mathrm{m/s}\) に近づく。
(a) の 14.7 は「1秒から2秒の間をならした速さ」であって、どの瞬間の速さでもありません。(c) が示しているのは「\(t=1\) のまさにその瞬間の速さは \(9.8\ \mathrm{m/s}\) と呼ぶべきだ」ということ。次節でこれを定義に格上げします。
問3\(f(x)=x^2\) の、\(x\) から \(x+h\) までの平均変化率を計算せよ。得られた式を、\(h\) を含まない項と \(h\) を含む項に分けて書け。
\(h\) を含まない項 \(2x\):点 \(x\) だけで決まる量。区間の取り方によらないので、これこそが求めたい「点 \(x\) での傾き」です。
\(h\) を含む項 \(h\):区間の取り方に依存する「ズレ」。区間を広くとるほど割線が傾きすぎ、区間を縮めればこのズレは消えていきます。
この分離の仕方は、この先ずっと同じ形で現れます:差分商=(求めたい答え)+(\(h\) に比例する誤差)。「\(h\) の1次まで取る近似」という物理でおなじみの言い回しは、ここに根を持っています。
極限をとる — 瞬間の変化率
関数 \(f(x)\) に対して
\[ f'(x)\;\equiv\;\lim_{h\to0}\frac{f(x+h)-f(x)}{h} \]が存在するとき、\(f\) は \(x\) で微分可能といい、この値を微分係数、\(x\) の関数とみたものを導関数と呼ぶ。
この記事のすべての公式は、例外なくこの1行から出ます。
この操作を、§02 の割線の図の続きとして見てみます。\(h\) を小さくするとは、点 Q を曲線に沿って P へ近づけることです。
\(h=0\) をそのまま入れると \(\dfrac{0}{0}\) で意味を持ちません。極限とは「\(h\) を 0 に近づけていくと値がどこに向かうか」であって、\(h=0\) での値のことではありません。
実務上の手順は毎回同じです:まず式を変形して分母の \(h\) を消し、それから \(h=0\) を入れる。 §02 問2で \(g(1+h/2)\) まで変形してから代入したのが、まさにこの操作です。この「\(h\) を約分する変形をどう作るか」が、以下の各節の技術的な中身になります。
3つの記法
同じものに3通りの書き方があります。物理では場面に応じて全部使うので、対応を頭に入れておいてください。
| 記法 | 書き方 | 主に使う場面 |
|---|---|---|
| ラグランジュ | \(f'(x),\ f''(x)\) | 数学的な議論。何で微分したかは文脈まかせ |
| ライプニッツ | \(\dfrac{dy}{dx},\ \dfrac{d^2y}{dx^2}\) | 物理の主力。何で微分したかが式に書いてある。変数変換や連鎖律で圧倒的に扱いやすい |
| ニュートン | \(\dot x,\ \ddot x\) | 時間微分だけに使う略記。力学・解析力学で多用 |
たとえば運動方程式は \(m\ddot x=F\)、\(m\dfrac{d^2x}{dt^2}=F\) のどちらでも書かれます。\(\dfrac{dy}{dx}\) は「\(dy\) 割る \(dx\)」という分数ではなく、全体で1つの記号です——ただし後の連鎖律や置換積分では「分数のように振る舞う」ので、その便利さを利用することになります。
位置 \(x(t)\) から出発して、
\[ v(t)=\frac{dx}{dt}=\dot x,\qquad a(t)=\frac{dv}{dt}=\frac{d^2x}{dt^2}=\ddot x \]つまり運動方程式 \(m\ddot x=F\) は、未知の関数 \(x(t)\) とその微分を含む方程式——微分方程式です。ここで注意したいのは、微分だけでは解けないという点です。方程式が与えるのは加速度(微分した結果)で、知りたいのは位置そのものなので、微分を逆向きにたどる操作=積分が必要になります。だから微分(1章)と積分(2章)の両方を用意したうえで、5章で微分方程式として解くことになります。
計算ドリル(§03・全2問)
問1定義に従って \(f(x)=x^2-3x\) の導関数を求めよ。さらに \(f(x)=c\)(定数)と \(f(x)=ax+b\) についても定義から求め、結果が図形的に当然であることを確認せよ。
定数 \(f=c\):分子が \(c-c=0\) なので \(f'=0\)。水平な直線の傾きは 0。
1次式 \(f=ax+b\):\(\dfrac{a(x+h)+b-(ax+b)}{h}=\dfrac{ah}{h}=a\)。直線の傾きはどこでも \(a\)——割線=接線なので、そもそも極限を取る必要がない。
物理的には、\(x(t)=x_0+vt\)(等速直線運動)を微分すると \(\dot x=v\) で一定、さらに微分すると \(\ddot x=0\)。力が働かなければ加速度はゼロ——慣性の法則が微分の言葉でそのまま出てきます。
問2\(f(x)=|x|\) は \(x=0\) で微分可能か。定義に立ち返って調べよ。物理的には、これはどんな状況に対応するか。
\(x=0\) での差分商は \(\dfrac{|h|-0}{h}=\dfrac{|h|}{h}\)。
\(h>0\) から近づけると \(+1\)、\(h<0\) から近づけると \(-1\)。近づけ方によって行き先が違うので、極限は存在しない=微分不可能です。
グラフが原点で「尖っている」=接線が1本に決まらない。物理では、壁との完全弾性衝突の瞬間の速度がこれです(\(+v\) から \(-v\) へ不連続に飛ぶ)。現実の衝突には有限の接触時間があり、拡大すれば滑らかにつながっています。「微分できない」という数学的な事実が、「その記述は理想化されすぎている」という物理的な警告になっている好例です。
「近づけ方によって答えが違うなら極限は存在しない」という論法は、6章の偏微分で本質的に効いてきます。多変数では近づく方向が無数にあるため、「すべての方向で同じ値に近づくか」という問いが全微分可能性の定義そのものになります。
べき関数 \(x^n\)
ここからは実際に公式を作っていきます。最初はべき関数 \(x^n\)。\(n=1,2\) はすでに求めました(§03 問1、§02 問3)。では一般の \(n\) はどうするか。
ここで使うのは数学的帰納法です。「\(n\) で成り立つなら \(n+1\) でも成り立つ」を示せれば、\(n=1\) から出発してすべての自然数に届きます。必要な道具は導関数の定義だけ——新しい公式は何も要りません。
すべての自然数 \(n\) について \((x^n)'=nx^{n-1}\) が成り立つことを、数学的帰納法で示してください。
① \(n=1\) で成り立つことを確認する。
② \((x^n)'=nx^{n-1}\) を仮定して、定義から \((x^{n+1})'\) を計算し、\((n+1)x^n\) になることを示す。
②の分子 \((x+h)^{n+1}-x^{n+1}\) を、仮定が使える形——つまり \((x+h)^n-x^n\) が現れる形——に分解したい。\((x+h)^{n+1}=(x+h)^n(x+h)\) と書き直してみてください。
ひとかたまりでは扱えないので、「片方だけ変える」を2回に分けると考えます。具体的には、余計な項 \((x+h)^n\cdot x\) を足して引くと、分子が2つの部分に分かれます。
\((x)'=1=1\cdot x^0\) ✓。公式は \(n=1\) で成り立ちます。
(1行目の \((x+h)^n(x+h)\) を \((x+h)^n x+(x+h)^n h\) と展開し、\((x+h)^n x - x^n x = x\{(x+h)^n-x^n\}\) とまとめただけです。)
これは求めたかった形 \((n+1)x^{(n+1)-1}\) そのもの。したがって \(n\) で成り立てば \(n+1\) でも成り立ち、\(n=1\) から出発してすべての自然数で
\[ \boxed{\;(x^n)'=n\,x^{n-1}\;} \]\(n=2\):\((x^2)'=2x\) ✓(§02 問3と一致)。\(n=0\):\((1)'=0\) ✓(定数)。
ステップ2の「足して引く」は、\(x^{n+1}=x^n\cdot x\) という積の変化を、「片方だけ変える」×2回に分けた操作です。この発想をそのまま一般化したものが 1-2 で扱う積の微分。いま使った技術は、あとで公式として再登場します。
同じ結果は二項定理からも出ます。\((x+h)^n\) を展開すると \(h\) の1次の項だけが生き残る、という筋です(下のドリル問1)。どちらでも構いませんが、性格が違います。
- 帰納法:定義以外に何も要らない。\(n\) が1つずつ上がる構造を追うので、「なぜ肩の \(n\) が前に降りてくるのか」が見える
- 二項定理:一発で見通せるが、展開公式を既知として使う。\(h^2\) 以上が消えることが一目で分かるのは利点
計算ドリル(§04・全3問)
問1二項定理
\[ (x+h)^n=x^n+n x^{n-1}h+\frac{n(n-1)}{2}x^{n-2}h^2+\cdots+h^n \]を使って、定義から \((x^n)'=nx^{n-1}\) を導け。\(h^2\) 以上の項が最終的に消える理由も書くこと。
分子では二項定理の第1項 \(x^n\) が引き算で消えます。
\[ (x+h)^n-x^n=nx^{n-1}h+\frac{n(n-1)}{2}x^{n-2}h^2+\cdots+h^n \]残った項はすべて \(h\) を因数に持つので、\(h\) で割り切れます。
\[ \frac{(x+h)^n-x^n}{h}=nx^{n-1}+\underbrace{\frac{n(n-1)}{2}x^{n-2}h+\cdots+h^{n-1}}_{\text{すべて }h\text{ を含む}} \]消える理由:元の式で \(h^2\) 以上だった項は、\(h\) で割ってもまだ \(h\) の正のべきが残る。だから \(h\to0\) で一斉に 0 になります。生き残るのは、もともと \(h\) のちょうど1次だった項だけ。
\[ (x^n)'=nx^{n-1}\quad ✓ \]\(n=2\) でこれを書き下すと \(2xh+h^2\) となり、§02 問3の結果と一致します。「\(h\) の1次の項を拾い、2次以上は捨てる」——この操作は3章の近似・展開でそのまま主役になります。
問2定義から \(\left(\dfrac1x\right)'\) を求めよ。結果が \((x^n)'=nx^{n-1}\) の \(n=-1\) と一致することを確かめよ。
\(h\to0\) で
\[ \left(\frac1x\right)'=-\frac{1}{x^2} \]公式で \(n=-1\):\((-1)x^{-2}=-1/x^2\) ✓。
通分して \(h\) を分子に追い出すのがここでの工夫です。物理では、\(1/r\) の形(クーロン力や万有引力のポテンシャル)を扱うときに何度も使うことになります。
問3定義から \((\sqrt{x})'\) を求めよ。分子の有理化を使うこと。結果を \(n=1/2\) の公式と照合せよ。また \(x\to+0\) で何が起きるか述べよ。
分子に \(\sqrt{x+h}+\sqrt x\) を掛けて割ります(有理化):
\[ \frac{\sqrt{x+h}-\sqrt x}{h}=\frac{(x+h)-x}{h(\sqrt{x+h}+\sqrt x)}=\frac{1}{\sqrt{x+h}+\sqrt x}\ \xrightarrow[h\to0]{}\ \frac{1}{2\sqrt x} \]公式で \(n=1/2\):\(\frac12x^{-1/2}=\frac{1}{2\sqrt x}\) ✓。
\(x\to+0\):\(1/(2\sqrt x)\to\infty\)。原点で接線が垂直になり、微分係数が発散します。
\(\sqrt{\ }\) は物理に頻出します(振り子の周期 \(T=2\pi\sqrt{l/g}\)、脱出速度、\(\sqrt{x}\) 型の拡散距離)。「平方根は原点付近で異常に敏感」という事実は、たとえば拡散で「最初のわずかな時間に急激に広がる」という振る舞いに対応しています。
チェックリストと次回予告
この記事で答えられるようになるべき問い
- なぜ「差÷幅」を見るのか。その量が何を表しているかを言えるか(§01・§02)
- \(f(x)=x^2\) のとき \(f(x+h)=(x+h)^2\) になる理由を、関数の記法から説明できるか(§02)
- 平均変化率を \(\Delta f/\Delta x\) と書けるか。分子と分母がそれぞれ何の差かを言えるか(§02)
- 導関数の定義式を書けるか。\(h\to0\) が「\(h=0\) の代入」でない理由を言えるか(§03)
- 割線が接線に近づいていく絵を描けるか(§02・§03)
- \((x^n)'=nx^{n-1}\) を数学的帰納法で導けるか。二項定理でも同じ結果になることを確かめられるか(§04)
- \((1/x)'\) と \((\sqrt x)'\) を、通分・有理化を使って定義から出せるか(§04)
次節(1-2 物理でよく使う関数の微分)への接続
この記事で作ったのは、個別の公式ではなく「定義から公式を作る手続き」のほうです。差分商を書き、\(h\) が約分できる形まで変形し、\(h\to0\) とする——やったことはこれだけでした。
次にするのは、その手続きを物理でよく出てくる関数に当てはめることです。骨格は変わりません。関数ごとに違うのは、\(h\) を引き剥がすための一手だけです。
- \(\sin(x+h)\) の \(h\) を、どうやって引き剥がすか
- なぜ物理では角度をラジアンで測るのか
- \(e\) はどこから来た数か
- 入れ子になった関数を、どう微分するか
学習サイクルの推奨手順
- 解答を開かず、紙で挑戦。詰まっても5分は粘ってください。詰まるのは失敗ではなく、まだ腑に落ちていない一点が表に出た合図です。そこを自分の手で越えた経験が、そのまま次に進む力になります。
- ヒントを1つずつ開き、詰まりが解けたら閉じて自力で続行。
- 導出の「なぜこの変形をしたか」を自分の言葉で再現する。計算の再現ではなく論理の再現を目標に。
- 翌日、何も見ずに \((x^n)'=nx^{n-1}\) を帰納法で再現できるか確かめる。それができたら 1-2 へ進む。
本章は物理で使うための微分に絞っています。厳密性を求める場合に必要な、\(\varepsilon\)-\(\delta\) 論法による極限の定義、連続と微分可能の関係、平均値の定理、一様収束などには踏み込んでいません。それらは数学科向けの解析学の教科書の領域で、学部物理の計算をする上では、なくても困りません。
ただし「困らない」のは計算をするときの話です。もし将来、場の量子論や一般相対論で「この極限操作は正当か」と問う場面に出会ったら、そのときに戻ってくれば十分です。
Academic Gate / 物理数学I 1章 微分 / 1-1「微分の基礎」。演習問題は本教材独自の構成です。続編:1-2「物理でよく使う関数の微分」。